いろんな摂理の人にインタビューをしていくことで、もっと摂理が社会にオープンになればいいという思いで始まったこのインタビュー企画。

今回は初めての女性であるMaryさんに登場していただきます!

誰が聞いても惹かれるバックグラウンドと、内にある力強いパッションと人間性をもった彼女はとても魅力的ですが、以前は自分に自信がなくて悩んでいた時期が数年あったんだとか。

彼女にしかない神様とのエピソードをお届けします!

Mary
大学二年生から摂理の教会に通うようになる。沖縄出身、アメリカ人の父と日本人の母を持つハーフで完璧なバイリンガル。
中高大と成績が非常に優秀で、アジアトップのシンガポール国立大学に留学経験を持つ。とにかく平和への意識が高く、世界平和を現実的に成すために日々前進中。

日本の外に出て味わう挫折、失われた自分のアピールポイント

— まず何の話をしてもらいましょうか?いつもラフに始まるんですけど(笑)。

私がよくする話があって、それは摂理の御言葉聞く前の留学は失敗で、聞いた後の留学は成功したってこと。

なんで失敗だったかというと、それまで自分のアピールポイントがハーフであること、英語ができることだったの。

私から何もしなくても向こうから寄って来てくれてすぐに友だちになれたから、知らないうちにすごい受け身になっちゃって。だけど、高校二年生の時にアメリカに留学したらそれがすごい変わって。

同じ時期に留学行った人の中でも私はダントツで英語力があったけど、自分は向こうで通用するのかなってすごい不安だった。実際行ったらまず見た目的に留学生って気づかれなくて最初の日から孤立っていうか(笑)。

もう一人同じ学校に長い黒髪でThe日本人みたいな子がいて、全然英語が話せないのに超人気みたいな。

今まで英語ができるとか、ハーフだとか、特別なバックグラウンドに頼って、外見的な飾りで人とつながろうとしていろんな機会を掴もうとしてた。でも結局自分の中身が作られてなかったのをわかったんだよね。

英語もみんな話すし、ハーフも面白くないし、世界に通用しないんだってわかったら自分の魅力が一気になくなった気がして自信がなくなっちゃって。

そんな状態で帰国したから、今までの強みを生かせる環境だったはずなのに自分を全然表せなくなった。勉強以外本当につらくて10キロくらい痩せちゃったよね(笑)。

私なんか全然ダメだと思っちゃって。必要な挫折ではあったと思うけど。

芯ができた状態で発信すると今までとは全然違う効果を実感

— そんなにきれいな挫折も珍しいですね。大学に入って留学するまでもずっと自信がなかったんですか?

摂理の御言葉聞くまではずっとそうだったね。大学に入っても周りにハーフもバイリンガルもたくさんいるしで、それは全然変わらなくて。

でも御言葉を聞いた時に、ハーフとか能力とかじゃなくて、「神様の前の私」って言うのがすごいわかって、全部解けた。

シンガポール大学に留学する時には、牧師先生が先に愛することをされていたと聞いて、待っているんじゃなくていろんな人に自分から声をかけて友だちになろうとしてた。

そしたらすごいいろんな人とつながりが持てたんだけど、それは御言葉を聞いて中身ができたからなんだよね。

もっと自分から発信しようと思って大学のタレントショーとか出て、準優勝したりしたよ。

何かここで残そうと思って、平和のメッセージが込められた沖縄の歌を唄ったら審査員が超泣きそうになったりして。日本語で歌ったから内容全然わかってないはずなのに(笑)。

その審査員からプロデビューしない?とか言われて、シンガポールにずっといないからって断ったけど(笑)。

— それは高校時代だったらやってなかった?

実際アメリカ留学の時もまったく同じことをやってたんだけど、それはただ日本の文化を発信したにすぎなくて。でも今回は「平和」とか伝えたいメッセージがはっきりしてたから想いが届いたんじゃないかな。

— 同じことをやってても中身がある人とない人では伝わり方が全然違いますよね。

御言葉聞いているとそういう力がつくよね。そう言えば成人式で代表で締めの挨拶をすることになったことがあって。

その時はまだ摂理の御言葉を学んでいる途中で教会にも通ってなかったんだけど、御言葉を元にして命を大事にすることをスピーチしたら、すごい泣いてくれた人とかいて。

今までの自分では人が感動するようなメッセージは発信できなかったけど、御言葉を学んだことでそれができるようになっているのを実感して自分でも驚いた。

宗教での苦い2回の経験と3度目の正直で出会ったその違い

— 神様は元々信じてました?

沖縄の人は神様じゃなかったとしても超常的なものに関して普通にみんな信じてるよ。都道府県の中で一番教会数も多いし、宗教や教会に対する偏見はほとんどないんじゃないかな。

小学校の時ヒーロー物の漫画を描くのが好きで、天使とか悪魔の世界とか面白いとか思って友だちに話したら、聖書にそれについて詳しく書いてあるよって教えてくれた。何回か家で聖書について教えてくれてたりしたんだよね、小学生同士で(笑)。

それからしつこく礼拝みたいなのに誘われるようになって、それはちょっとと思って「私は先祖崇拝だから」とか言って適当にごまかしたりした。

2回目の宗教との関わりはアメリカ留学の時。留学先のホームステイ先がモルモン教のおばあさんで、1年間教会に通った。

良いことは言ってるけどホストマザーの行動を見たら、ヒステリックになったり、すごい強引に自分の意見を通す姿とかを見てなんだかなと思うことも多くて、信仰ない私の方が良い人じゃない?とか思ったりもした(笑)。

— 逆にしつこく勧誘されたり、その教えに賛同できなかったり2回も苦い体験をしたのに、また摂理の御言葉を聞いたのはどうしてですか?

いろんな偉人が聖書を読んでいたし信仰があったというのはわかっていたから、私も大きいことを成すにはちゃんと学ばないといけないなって気持ちが根底にはあった。

でも実際に聖書を勧められた時はまたこれかと思ったよね。その時ディベートとかやってたし、反論するにしてもまずちゃんと敵を知らないと言えないから、とりあえず聞いてみて穴があったら叩いてやろうと(笑)。

— 嫌なやつですね(笑)。

そうそうそう。3回目だからね(笑)。でも最初に聞いたペテロの話から違うと思った。なんでかというと他の宗教にありがちないわゆる「奇跡」を信じてなくて、御言葉がとても論理的だったから。

聖書を学ぶことと信仰とは違うから教会に行こうとは全然思わなかったけどね。

でも堕落の話を聞いた時に神様を確信するようになったし、御言葉が極めて本質的なものだとわかった。平和の問題も個人の問題も全部愛の問題から来てるというのが納得できたから。

だから決してマインドコントロールされて信じているわけじゃないし、実際に自分で確認して正しいと思っているから今も教会に通っているよね。

それに学べば学ぶほどその価値がわかるし、実践すればするほどやっぱり本質的な解だなって実感するよ。

世界に一言叫んじゃおう!

— 最後に全世界にワンセンテンス伝えられるなら、何を伝えたいですか。
「私の宗教じゃなくて、行いを見て判断して欲しい」ってことかな。

— 素晴らしい一言が聞けたところで、これで終わろうと思います。ありがとうございました。
ありがとうございました。