今まで摂理に来てから5年以上経った人たちを中心にクローズアップしてきましたが、今回はなんと摂理一年目のたかし君!

人のためになることしか興味がないとても善良な彼も、自分の中にはぬぐえないむなしさをずっと抱えていました。

そんな中で根本的な問題の解決策を摂理の御言葉で見いだし、人のために生きたいと語る彼の今後が楽しみです!

ちなみにインタビューは井の頭公園のローボートに乗りながら録りました(笑)。

たかし
1997年生まれ。平和教育を受けて育った沖縄をはなれ上京し、国際協力の道を目指す。
大学一年生の時から持ち前の行動力と世界をもっとよくしたいというピュアなパッションで行動する中で摂理に出会う

とにかく社会をもっと良く変えたかった日々

— 摂理に来たのはいつなんですか?

教会に行き始めたのは去年(2016)の7月で、御言葉に出会ったのは去年の2月ですね。

— 摂理1年目ってことですね!きっかけはなんだったんでしょう?

ちょっと前提の話があるんですけど

世界を平和にしたいとか、社会問題を解決していくようなことを人生をかけてしたいってのが中学生からずっとあったんです。

それで国連とかNPOとかに入りたくて、「ヒト」「モノ」「カネ」が集まり、なおかつ国際協力が学べる東京に来ました。

実際に学生のうちから社会問題を解決したいと思っていろいろ活動をしていたものの、1年くらいやってみていろんな面で限界を感じてました。

それでちゃんとイチから学ぼうということでいろんな経営者やNPOの代表の話を聞く中で、皆さん自分の軸とか目的を楽しそうに、かつ強烈なパッションで話しているんですね。

そこで自分の日々やってることの目的ってなんだったんだろうなと、改めて考えるようになりました。

その時に、「あ、僕って国連に入るのがゴールだったな。その先に成したい世界とかが明確ではなかったな」というのがすごくありました。

その反省から自己分析をやってみたり、いろんな社会人に会いながら、自分自身についてやキャリア設計などを時間をとって考えるようになりました。そこである程度落とし込めたんですね。

— どんな感じのビジョンを描いてたんですか?

人のことを考えて、その人に対して最適な価値を与えられる人がどんどん増えていけば世界は平和になるんじゃないかな、というように考えてました。

平和というよりは、人のために生きられる人の総量を増やしていけば、世界は今よりは良くなるはずだというイメージですね。僕自身、目の前の人がどうやったら喜ぶかというのをいつも考えていたのもあって。

一言で言うと、「人に価値を与えること」をしようと思っていたんですね。

そのためにはもっと自分ができてないといけなかった。人間的にもそうだし、もっと人を動かすことができるほどの力も欲しかった。

それでもう少しいろんな価値観に触れてみようと思い、宗教というところに答えが行き着いて。世界の大多数の人が自分の宗教を持っているし、そこに何かカギとなるものがあるのじゃないかと思いました。

そのように考えているときにたまたま摂理のメンバーに出会いました。

本質的な問題に対する答えと、今まで味わったことのない感動体験

— 実際、摂理の御言葉を聞いてみてどうだった?

最初は宗教は理解しとかないといけない、という知的好奇心がモチベーションで聞いていたんですね。

ただ、最初からこの話は本質的だな、おとぎ話じゃないな、というのはすごい思いました。世の中のビジネス書と比べても全然薄くなくて。

実際聖書に対する僕の感覚というのも2000年残ってきた価値観は本物だよね、というのもあったし、あとは『七つの習慣』とか偉人のバックグラウンドには大体聖書があるなというのは知ってました。

続けて週二で聞いていて、完全にガラっと聖書、というか人生に対する認識が変わったタイミングがアダムとエバの話です。

僕が解決しようと思っていたけど、見えなかった問題の根本が愛なんだ!とわかりました。

もう、脳天に電撃が走るみたいにズドーンと来たんですよ。これ以上ないくらいに。

— 話を聞いて、普通そんなことありますか?(笑)

その過程にはおもしろい神様とのいきさつが二つあって。

一つは2016年になる直前の大晦日、御言葉を聞く前の話ですけど。

寝る前に翌年の抱負を立てようと思った時に、ふと「自分の人生でこれまで味わったことのないような感動体験がしたい」というのが目標に浮かんできたんです。

それまで何をしても何を聞いても感動したことがなかったし、涙したことも心が揺れるという感覚も味わったことがありませんでした。だからそういうのが欲しかったし、その感動体験を元にしてこれからの人生の軸を設計をしたいなと思って寝たんです。

— それが一つ目の話ですね。もう一つはどんなエピソードなんでしょうか?

もう一つは、世界の根本の問題が愛だっていうのが自分ごととして悟れたことですね。

御言葉を聞いている最中の話なんですけど、当時4年半くらい付き合っていた彼女に浮気されたんですよ。

すごい悲しかったのが、裏切られたとかそういうことじゃなくて、彼女は浮気相手にも遊ばれてたんですよ。この世界に真実な愛がないのかって思うと絶望しました。

結局平和を成してもこういう状況があり続けるんだったら、戦争がなくなっても意味ないんじゃないかな、とまで考えました。

それがあった後にアダムとエバの話を聞いて、すごく神様の心情を感じられたし、「あ、愛が本当に答えであり、問題だったんだ!」というのを衝撃的に感じました。人生で味わったことのない体験だったんです。

誰にもわかってもらえないとしまいこんでいた、むなしさが救われた

本当に何をしてもむなしかった。周りから見てたら、すごい充実してたし、幸せそうだったと思われていたと思うんです。友達も少なくなかったし。

でも僕自身はみんなで遊んでいる時も、今救われてない人もいるんだろうなとか思って、そういう感覚はずっと忘れられませんでした。

なんかもうこのむなしさは誰にもわかってもらえないと思ってました。誰にもこのぬぐえないむなしさというのは共有できないと諦めてました。

実際周りのみんなは楽しそうに見えたし、今日楽しければいいやみたいに考えていて、「あ、これは自分の中でしまっておくものなんだな」と思ってました。

— 人がもっと幸せな人生を歩めるようにと思う一方で、自分はずっとむなしいわけですよね? こんな辛い人生ないよと思います。。

本当に救われたという言葉がしっくりきますね。

自分がずーっと探していた、世界をもっと良くするための答えが見つかったというのと、誰にも理解されないと思ってた自分の中でのむなしさが救われたんです。

こんなことは人生で一度もなかった。自分の問題の答えも、社会の問題の答えも教えてくれた牧師先生には本当に、ただただ感謝するしかありません。

— 最後の質問として全員に聞いてるものなんですけど、世界70億人の前でワンセンテンス伝える機会があるならば何を伝えますか?
「主が答え」ですね。これ以外出てこないです。