今回はキリスト教福音宣教会(通称摂理)が運営するオウンドメディア「せちゅり」の編集長であるLeoさんにお話を伺ってきました。

宗教団体の中でも急成長ベンチャーの位置付けを持つ摂理で、なぜこうした新しい取り組みを始めたかといった背景や、これからのビジョンなどを語ってもらいました!

Leo
1992年生まれ、静岡出身。大学一年生の秋から摂理の教会に通うようになって、現在摂理6年目。大学時代は長期留学、学生団体の立ち上げ、国際ボランティア、起業などを経験し、今は都内でエンジニアとして働きながら、この「せちゅり」を運営している。座右の銘は「主のために生き、主のために死ぬ」

世間からの偏見・誤解、情報開示が足りなかったという反省から「せちゅり」を始める

— のっけからずばり聞きますが、なんでオウンドメディアを作ろうと思ったんですか?

一言で言うと、僕ら摂理のリアルな姿が世の中にストレートに伝わっていないと思ったからです。

僕は大学一年生の時に摂理の教会に通うようになりましたが、それを親や周りの友人に話すとまず間違いなく「宗教にハマったやばいやつ」というレッテルを貼られることになります。

僕としてはマインドコントロールもされていないし、むしろ他人に対する気遣いや日常に対する感謝の心を大事に思うようになり、本当に心から幸せだと思って毎日を送れている。

本来宗教団体とはそういった生活を豊かにする考え方を提供するものであり、僕はそれをちゃんと享受しています。

なのに周りは「新興宗教に入信した」という事実をとてつもなく強いバイアスを持って見てくることに驚きを隠せない一方で、悔しい思いも何度もしました。

— 具体的に何かエピソードがあったりしますか?

世界中どこの宗教団体でも献金を集めるという行為をしているのに、僕が日曜日の礼拝の時に1000円を献金していると友人に言うと「お前、金むしり取られてんじゃないの」と言われたりしました。

こういった些細なことなら「毎週飲み会に3000円使うよりは安いよ(笑)」とお茶を濁して終わるのでまだいいのですが、「お前を育ててきたのが人生最大の汚点だよ」と親から言われ、実際に縁を切られた方も摂理の中にいます。

— そ、それはなかなかですね。。

もちろんそこには「摂理」や、そもそも「宗教」に対する大きな誤解があるのは事実で、仕方のないことだとも思っています。特にオウム真理教を覚えている30代以上の方の宗教に対する嫌悪感はすごいですね。

ただ、僕たち摂理ももっと積極的に情報開示をするべきだったのに、甲羅の中に閉じこもりすぎてしまったという反省点もあります。

今は大企業はもちろん、中小企業でもオウンドメディアを持つのが当たり前になっているので、僕たちもしっかり世の中にメディアとして情報を発信していこうと思い「せちゅり」を作るに至りました。

ゲームチェンジを狙うコンテンツ

— 具体的に何を発信していこうと考えているんですか?

やりながら見えてくる部分もあるかなとは思っているんですが、いま現状のコンテンツとしては「メンバーのインタビュー記事」「活動紹介」「メンバーが自作した賛美歌」「笑い〜真面目までYoutuberたち」とかを発信していこうと思っています。

とにかく「摂理=カルト宗教」「宗教=ヤバイ」っていう構図をガラッとゲーム・チェンジしたいんです。

メディアを始めるにあたって決めたコンセプトがあって、それは「世界一楽しい宗教」です。

世界一とだいぶ思いきってしまったんですが、楽しさは主観的なものなので良いかなって(笑)。

でも、摂理はマジで楽しいってことを本当に伝えたいです。それもなんかこうパーティーして楽しむ感じではなくて、心の底から笑顔になれ、泣ける時間ができたなって感覚なんです。あくまで個人的なものではあるんですけど。

気になったならフラッと教会に遊びに来て欲しい。メンバーと話してみて欲しい。

たぶん皆さん「あ、変な人たちじゃなさそう、っていうか良い人っぽいね」って直感で感じてもらえると思います。まあ僕は世間の中でもだいぶ変人の部類なのでその類ではないのかもしれませんが(笑)。

— 確かにLeoさんは世間でも浮いてそうですね(笑)。

やかましいです(笑)。

摂理の人たちは、「自らの意志」で信仰を持つことを決心して教会に通うようになっています。

これは本当に大事な観点で、「マインドコントロールされているから団体から抜けられない」なんてことは一切なくて、僕たちのすっごい大事な考え方の中に「神様は人間に完全な自由意思を与えた」っていうものがあるんですね。

そんなことを教えているのに、自由意思と反して強制力を働かせていたらおかしいですよね?大体そんな教えであれば、超絶に不自由と理不尽に耐えられない僕がこんなに長く摂理にいるわけがありません。

何が言いたいかと言うと、普通に日本で生きてきた人たちが途中から神様を信じてみようと思うなんて、そこにはすごいエピソードがある気がしませんか?

実際みんないろーんな苦労や喜びの経緯があって、摂理で神様を信じるようになっているんです。

その人生の冥利とも言えるエピソードをもっと発信する手助けをしたい!というのは僕の個人的な願いでもあります。

暗中模索の中、もがきながら

— 今後の展望とかお聞かせもらえますか?

僕は普通に仕事もしてますから、この「せちゅり」の運営は片手間でやらざるを得ない。

正直この「せちゅり」に使う時間をお金稼ぎに投資したら年収は2倍にできると思います。でも、そんなことより僕の人生にとってはこっちの方がよっぽどワクワクするし、価値がある。だから早起きしてでも、土日を使ってでもやっていこうと思っています。

コンテンツもまだまだ貧弱ですし、何より「カルト宗教」というレッテルが貼られている現状では、顔や素性を公の場で発信するのを躊躇するメンバーの方が圧倒的多数です。

僕は別に他人からどう思われるかはどうでもいいですけど、会社に迷惑がかかるかもしれないので本名は伏せています。

そんな状況の中で透明性を保ちながら、魅力的なコンテンツを作って、世の中に受け入れられる形で発信していくのはなかなかチャレンジングなメディア運営になりそうです。

でも聖書に「神は耐えられない試練は与えない」と書いてあるので、それを信じて神様に祈りながら一緒に頑張っていこうと思います。