Shoさんのインタビュー第二弾。

彼がキリストの教えに惹かれ、聖書を学ぶようになり、何を感じたのかを語ってくれています。

前回のインタビューはこちら

倫理の授業と摂理のバイブルスタディで学んだキリストと神の愛

— ルームメイトと夜通し人間について語るなんて、なかなかアツい高校の青春ですね(笑)。

そんなことを考えたりしてる時に高校の倫理の授業でいろんな哲学者、宗教家について習うようになって、僕が一番感動したのはイエス・キリストだったんです。

その時は神の無償の愛、アガペーとかはよく理解できなかったけど、隣人を愛する、敵だとしても愛する、貧しい人も愛する、それは本当に貴い教えだと感じられたんです。

それで話は戻るんですけど、漠然といいものだと思っていたイエスの教えが、摂理の教会のメンバーに触れるようになって徐々に理解できるようになったし、更に自分でも実践できるようになっていったんです。

— 具体的に言うとそれってどういうことですか?

僕が摂理に来て、聖書を学んで、本当にわかったのは神様の愛はぜったいに裏切らない愛だということ。

その無償の裏切らない神様の愛がどれほど偉大なことなのかがわかったときに、私は神様を一生信じて生きていきますって決心しました。

自分が人生の中で探し求めていた本当の幸せに出会うようになったから、自分も何かしたいと思ったし、その神の愛を全世界の人にわかりやすく伝える人になれたらいいなって。

というのも自分がそこまで神様のことを理解できたのも、神様について非常に論理的に、一貫性を持って、聖書を根拠にして教えられる人の存在があったからこそだと思うんです。

— 今度は自分が聖書を教える立場になりたいって思ったと?

そうなんです。しかもその対象は日本人ではなく主には海外の人です。

海外の人と接してわかった、信仰を失ってしまう多くのクリスチャン

— それはまたどうしてですか?

元々外国人との国際交流などが好きでよくしていたんですが、その中でわかったのはヨーロッパやアメリカのクリスチャンの多くは青年になってから教会に通わなくなったり、信仰を捨てたりしているということ。

科学との矛盾であったり、実生活にまったく結びついていない教えだったり、そういうのに嫌気が差してしまっているんですね。

でもそれは聖書やキリストの教えが間違っているわけではなく、教え方が間違っているのだと僕は感じるんです。

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「人生をかけてやりたい使命」そこまで言えるほどのパッションはどこから?