地域のコミュニティがなくなったと言われて久しい今日このごろ。

摂理の教会には0歳児、小学生、中学生、高校生、大学生、若手社会人、新婚さん、親御さん、年配の方、さまざまな人が今日も集まります。

今日はそんな摂理のコミュニティとしての価値を考えてみたいと思います!

自分が普段接している人は、とっても狭い世界に閉じられている

僕が摂理の教会に通いだしたのは大学1年生の時。

それまでの小中高の人生の中で、学校以外のコミュニティはまずありませんでした。

同じ学年の人といつも一緒にいるし、世代を超えた繋がりと言えば部活の先輩後輩、学校の先生、友だちの親くらいなもので、とても狭い世界で生きていたなと思います。

いろんな人との未知の出会いを期待して東京の大学に来ても、結局同じ学部の同じ学年の人と一緒にいることが圧倒的に多いし、サークルの先輩くらいしか上下関係はありません。

社会に入ったら入ったで上下の付き合いは一気に広がるものの、やっぱり自分の会社か取引先との付き合いがほとんどで、そんなに幅広くの人と付き合えるかと聞かれれば、多くの人は違うのではないかと思います。

だから摂理の教会に来て、本当にびっくりしたんです。そのコミュニティの多様さに。

とにかくいろんな人がいる(笑)。

「僕はこんな狭い世界で生きてたのか」

「こんな考え方する人おんねんな」

「エグい経験してるけど、この人なんでこんな明るいんだろう…」

普通に生きてたら会ってなかったであろうタイプの人とたくさん会えたのは自分にとっては本当に感謝すべきことでした。

考え方はそれぞれだけど、目的は同じっていう共同体の強さ

摂理は個性的な人が多いので退屈をしません。

摂理に来てなかったら「ゼッタイ」に友だちになっていないであろう、あの人やこの人と一緒の教会に通うことになり、一緒に旅行に行ったり、イベントを企画したりすると

「ちょ、おま、それはないwww」

みたいな場面にもたくさん遭遇します(笑)。

育ってきた家庭環境も、受けてきた学校教育もまるで違う人たちと深く付き合うのは正直大変だなぁと思うこともたくさんあるんですね。

でもその分、自分の常識が相手にとっては非常識だったりする場面に出くわすと、自分の考え方を見つめ直す機会になるし、自分がより一層磨かれていくのは間違いないとも感じます。

そして何より、みんな「自分を素晴らしく作って、天国に行こう!」っていう目的が一緒なのが最高です。

これって最近話題になっているダイバーシティの組織マネジメントとしては素晴らしい環境なんですよ。

同じ目的を持ち、その目的を達成するためのアプローチが異なる個人の集合体がチームとして一番の成果を出すと言われるので、そのセオリー通りだなって思ったりします。

摂理のコミュニティは日本だけにとどまらないよ!

日本でもこれだけの多様性があるコミュニティになっている摂理ではあるんですが、日本は全世界に広がっている摂理の一国にすぎません。

数十カ国に教会がある摂理では、海外メンバーとの出会いもたくさんあるのがすごいことですね。

実際僕は摂理に来て、海外の友だちがたくさんできました。

韓国人、中国人、台湾人、モンゴル人、マレーシア人、シンガポール人、アメリカ人、メキシコ人、カナダ人、イギリス人、スイス人、スウェーデン人、オーストラリア人、ニュージランド人、南アフリカ人、インド人…

パッと思いつくだけで、摂理に来たからこれだけの国の人と出会いがあり、今でもたくさんの国の人とやりとりをしています。

摂理に来れば日本全国、世界中に無料の宿ができる!? Airbnbにも劣らない旅人をもてなす文化とは

このへんの記事も読んでもらえると、海外との交流の様子も伺えるかなと思います。

THE GLOBAL COMMUNITY – SETSURI

はい、言ってみたかっただけです(笑)。英語の団体名はProvidenceですね。

新しい地域共同体の形「教会」

どんどん周囲との関係性は薄くなり、個人主義が強くなっている現代社会で、地域共同体と言われる、世代や世帯を越えた集まりの重要性が叫ばれることが多くなっています。

そんな中で摂理の教会は1個の「解」になりえる、というかなっているなと感じます。

これからもっといろんな世代の人、いろんな国の人、いろんな考え方の人が摂理の教会に集まってきたら、よりおもしろいコミュニティになるのは間違いないですね!

皆さんも興味があれば、教会に足を運びに来てください^^